The Northern Spirits

北に未来あり

月別: 2017年4月 (Page 1 of 2)

帰国

昨夜、帰国しました。アラスカのアンカレジ空港から羽田空港へ直行便がないためシカゴで乗り継ぎだったのですが、すぐに帰らずに5日間の滞在を楽しんできました。

この旅はただ楽しいだけではなく、自分の小ささ、知識のなさを痛感しまくった旅です。もっと、もっと勉強しなきゃ、好きなものと向き合わなければ、と思わされた良き旅となりました。

シカゴといえば、師匠とふたりでライブするとき師匠はギター弾き、僕は歌います。持ち歌はまだ少ないのですが、そのうちの一曲でロバートジョンソンの「スイートホームシカゴ」という曲があります。そのシカゴです!滞在中は毎晩、ブルースやジャズのライブハウスを訪れ素晴らしい音楽を浴びて、ピザとハンバーガーと肉を食べまくり。あらゆる日本の文化ってアメリカから影響を受けているんだな、と改めて感じました。

 シカゴのフィールド博物館というところがあるのですが、そこの展示が素晴らしかったです。Arctic peopleというコーナーがあり、極北に生きるアラスカの先住民たちの衣服などが充実、トーテムポールの数もたくさんありました。


ブルースの聖地巡りもしてきました。ブルースにエレキギターを始め持ち込んだブルースマン・マディウォーターズの住んでいた家、映画「ブルースブラザーズ」の映画ロケ地、そしてチェスレコードのスタジオ跡地も。



好きなものを勉強していくうちに、どんどん好きになっていく。好きなもの、素敵な人と出会ったら、出会ったことよりもそれを「大切にしていく」ことが大事。

という星野道夫さんの言葉を噛み締めて日々を送りました。旅行中にはシカゴの方々にはもちろん、たくさんの方々にお世話になり、良縁に恵まれました。ありがとうございました。そしていつも気にかけて下さっている皆様、いつもありがとうございます。ヒッコリーでは春のガイドがもう始まっています。気を引き締めて、シーズンに臨みます!

アンカレジ空港にて

アンカレジ空港でチェックインを済ませ、搭乗待ちをしているところです。現地時間は4月13日午後6時。早朝、一足先にアラスカを発つ師匠を保安検査ゲート前にて見送りました。

ふだんは絶対にしないのに、、、目を見て「ありがとう」と言いながら手を差し出す師匠。握手をしてくれた瞬間、涙腺が緩みました。この地でガイドをする喜び、過酷さ、全部一番近くで見せてもらえた、濃すぎる2週間でした。

温かい陽光に包まれて、極北にいることを忘れそうになった日もありました。
一夜にして雪景色となり、バリバリに凍ったアイスバーンの道路を時速80kmで走行中、わずか10分の短い時間でオナガフクロウとカラフトフクロウを2羽も見つけてくれたこともありました。

心身が極限状態で睡眠があまり取れないまま、一人で800kmドライブをしてくれたこともありました。

毎日、目に飛び込んでくる街の様子や風景がまるで映画の世界でした。

窓ガラスの無い車。

中からドアを開けることができないから、手を伸ばして外からドアを開けなければいけない車。笑

「春を待ってました!」と言わんばかりに、半袖&短パンで街を歩く少女。(アラスカの春の日差しは、日本の冬です。笑)

へい!何してんだぃ!と、陽気に話しかけてくるアラスカン。

ジョージパークス・ハイウェイをフェアバンクスからアンカレジへ向けて走行中に、見えると思っていなかったのに、突然姿を現してくれたデナリ。(以前はマッキンリーという呼称だった)植村直巳さんが消息を絶った山でもあります。

人に優しくできるのは厳しすぎる冬の中で培われてきた精神だと思います。助け合わなければ生き延びられないから。そして、自己完結できないとアラスカでは生き延びられない。

何度もアラスカの冬を越えられた人のことを、現地の人は【サワドー】と言うそうです。sourdough。いかにも強そうな響きだ、、、!

逆に、器の小さい人のことを【チーチャコ】と呼ぶそうです。

まずは北海道サワドーになるべく、三度目の春を頑張りたいと思います。今年は研修生が来る計画が既にあります。「学ぶ」の語源は「真似る」という説もあるそうです。真似したくなるような振る舞いが出来る先輩にならないと、な。

アラスカよ。また!!!


写真:ジョージパークス・ハイウェイから望むデナリ。雲の上に頂が。
 明日の早朝にはアンカレジ空港へ移動、アラスカとサヨナラするので今日は実質、最終日でした。この旅、二度目のクルーズへ。



 今日はHumpback Whale(ザトウクジラ)のフルークアップが見られました。クジラは息継ぎをする際、海面に上がってきて潮吹きをします。その息継ぎが終わり、潜水時にとるポーズをフルークと言います。クジラやラッコと同じ海に浮かんでいる事がたまらなく嬉しい時間でした。野生のクジラを見るのは夢のひとつだったので感動しました。



 クルーズの後、スワードからアンカレジへ移動。この区間は運転をさせてもらいましたがアラスカのフリーウェイを青空の下、ドライブするなんて夢のようでした。ただ楽しむ余裕はまだ無い、、、日本と違う交通ルール、左ハンドル&右車線、などなど。

 アラスカでの最後の夕食は和食「熊五郎」へ。師匠おすすめのキングサーモン塩焼き定食を選びました。師匠が北海道のサーモンにプライドを持っていたけど、それを上回られてショックを受けたというサーモン。さて、お味は、、、
!!!!うまい!!とろけるけど味がしっかりしている。身と脂身のバランスが素晴らしい。説明するのは不可能です、、、要はうまいってことです!このサーモンを食べるためだけにアラスカへ来たのではないかと思うほど衝撃的でした。これでアンカレジは僕の中で「スペアリブ」と「キングサーモン塩焼き定食」の街となりました。師匠頂いた天ぷら、お寿司も美味しくて、サーモンの刺身で、また悶絶しました。笑

 ここは古くからあるお店で前のオーナーが日本人だったそうです。ところが経営者が韓国人に変わることになり、アンカレジ在住の日本人や地元民が不安がりました。日本の味から韓国の味になるのではないか、と。しかし、現オーナーが「私どもは味を絶対変えません」と新聞で公に宣言したことで、市民を安心させたという出来事があったそうです。アラスカらしいエピソードだと思いました。

North to the future

 この旅では野生動物観察、オーロラ撮影、クジラのクルーズなど色々体験させてもらいましたが、一番の収穫は「己の小ささ」を知れたことでした。

 それに気付くことなく歳をとり、あとで後悔する人もいる中、自分は35歳で気付かせてもらえてラッキーだったな、と。自分の力では達成できるか分からない高い壁でも、乗り越えようと挑むことで、自分の器、キャパシティが広がる。その繰り返しでしか人は成長しないと思います。

 勉強したいことがたくさんあって僕は幸せです。自分の変えたい部分がたくさん見つけられて幸せです。あとはそれとどう向き合っていくか。
 アラスカの風景はとても広大です。でも、そこで暮らす人たちの心はもっと広大でした。毎日、アラスカンの気さくな振る舞いや笑顔に癒されたと同時に、それに対して応えられなかったり、英語を聞き取ることが出来ずに苛立つこともありました。けれど、彼らはそんな事は気にしません。「心」で会話をしようとするからです。

 日本のこと、北海道のことを知らない人もたくさんいますが、意外と日本と繋がりがある人もたくさんいます。日本人が観光ツアーではまず行くことのないソルドートナという街では横須賀の米軍基地で働いていた人や、日本人をホームステイで受け入れている人に出会えました。

 そういえばこんな事もありました。昨日は素敵な河で風景写真を撮影していると、地元の御夫婦があとからやって来ました。彼らは隣町からやってきて、旦那さんは76歳のカメラマンでした。師匠のことをカメラメーカーNikon公認のプロフェッショナルカメラマンだと知ると、その男性から「青空の素敵な撮り方を教えてくれないか?」と。

 師匠は知識の出し惜しみをしません。空の撮り方だけでなく、そのカメラの性能を引き出す方法など求められた以上の情報を提供。もちろん男性は大喜び。すると彼は自分の撮った写真をたくさん見せてくれて、地元の人でしか知り得ない情報を話してくれました。14年間もアラスカに毎年通っている師匠でも知らないことでした。

 その晩、夜中のハイウェイをふたりでドライブ。「健ちゃん、ここは北海道じゃないぞ。アラスカのハイウェイを、一番星を見ながら走ってんだぞ」。雪山の上には木星が輝いていました。その瞬間、色んな体験、想いがこみ上げてきて、アラスカに来て良かったと心から思いました。ふたりでのドライブ、と言うのは、お客様が帰ったあとの残りの2日間は師匠が僕のために予定を空けておいてくれたのです。

 もう時間は夜中。目的地のホテルにチェックインする時刻は深夜0時を越えるのを分かっている。けれど僕たちは76歳の男性が教えてくれた場所に車を停めました。なんと、狼の遠吠えが聞こえるかもしれない、と教えてくれたからです。そこはロケーションが素晴らしく川のせせらぎの音がとても気持ち良い場所でした。残照がうっすら残り、夜10時でも西の空はほんのりと明るい。一番星しか見えなかった星空は、気付けば僕らの真上に北斗七星が輝いていました。

North to the future.
北に未来あり。

 北海道、アラスカと出会えて良かった。ちっぽけな自分だけど、まだまだやれる。まだまだ踏ん張らなければ、と改めて思いました。残念ながら狼の遠吠えは聞こえませんでしたが、空にはうっすらとオーロラが。この地域でオーロラはまず見られないはず、と言っていた師匠も驚きの表情で空を見上げていました。

 そして、そのオーロラが輝く方角もやはり「北」でした。狼の遠吠えを待ちながら、オーロラと北斗七星を見上げた時間。またひとつ自分の中に宝物が増えました。

ALASKA day10 Homer~Anchorage

Homerの、地の果てを意味するLand's Endというホテルに宿泊しました。その名の通り、半島の先端に位置し、お部屋のバルコニーに出るとすぐに海!素晴らしい展望が見られます。アザラシやラッコ、ハクトウワシが部屋にいながら見られるホテルって他に無いと思います。

そこで一泊し、今朝チェックアウトをすると、その30秒後、ハクトウワシが目の前に出現!(笑)いたら撮る、の安藤誠氏。すぐに撮影開始です。野生動物にストレスをかけずに、敬意を持って撮影させてもらう。その気持ちがあれば鳥は撮らせてくれるんだ、と。それを実践すると、本当にワシは最後まで飛ばずにそこにいてくれました。休憩中のワシの邪魔をしなくて済みました。ハクトウワシはオジロワシやオオワシと全く違う鳴き声です。さすがの王者の貫禄。いつまで見ていても飽きません。ここHomerはハクトウワシ天国です。いたるところからワシの声が聞こえてきます。

ホテル横の浜辺には地元の方々も散歩を楽しみに来ます。その中で、とても大きな犬の飼い主さんがいて写真を撮らせてもらいました。この広大な大地で大型犬と一緒に暮らすなんて、とても贅沢です。彼は地元の人で、立派にたくわえられたヒゲが印象的。愛犬と彼を撮影させてもらったお礼に写真を送りたいから、と連絡先を聞きました。こういう地元の方々との交流で、アラスカがますます好きになっていきます。


この浜辺は釣り船、散歩する夫婦、対岸の山々、どの風景を切り取ってもポストカードや絵画の中の世界です。ここは連泊したい場所です。再訪を胸に誓いました。

夕食はAncourageへ移動し、ホテルの前のレストランGLACIER BREWHOUSEへ。FairbanksのShilver gulchでステーキの概念を変えられましたが、ここでは、スペアリブの概念が変わりました。(笑)今まで食べていたスペアリブと全く違う。骨は少々、あとは肉!味付けもニホンジン好みです。アラスカのサーモンも味見させてもらいましたが味が凝縮されているように感じ、日本の鮭とは違います。スペアリブは客席フロアからも見える場所で焼かれていました。炭を使い、絶妙な火加減で焼かれていました。このスペアリブを食べるためだけにアラスカに来ても良いほどの衝撃。ビール工場直営だけにビールも美味しかったです。

夕方六時半にはかなりの席が埋まっており店内は月曜から大盛況。地元の人たちで賑わい、雰囲気もよく、長居したくなるお店でした。今日、街で外食したのは今夜がアラスカ最後の夜となるお客様がいたからです。そのお客様はなんと、ハネムーンでアラスカにいらっしゃいました。最後の夜もとても楽しんでもらえたようで、良かったです。ハネムーンに便乗させてもらった感じなのですが、幸せのおすそ分けを頂いた気分です。どうもありがとうございました!

ALASKA day9 SEWARD

今日はスワードの水族館へ。旭山動物園のような行動展示が素晴らしかったです。動物たちの姿を見るだけでなく、水中でどのように泳いでいるかが見られるようになっています。トドやゴマフアザラシも人気者なのですが、一番ぼくが感動したのは水鳥の展示でした。巨大な水槽の上に鳥たちがいる環境。二階が地上、一階が水槽の様子を観察できる仕組みになっています。

「こんなに近くで観察できるのか!」これが第一印象。1メートル以内の距離でLONG TAILED DUCK(コオリガモ)がくつろいでいたり。


ここで生まれ育っているからだとか。日本では見ることのできない種KING EIDERが見られたのは幸運でした。



HORNED PUFFINも初めて見ました。水中ではツノがゆらゆらしていて可愛かったです。と思ったらRED-LEGGED KITTIWAKEが僕達の目の前をかすめて飛んでいったり。日本でも見られるHARLEQUIN DUCK(シノリガモ)やSMEW(ミコアイサ)もいました。

給餌の時間になると、飼育員が量りを持ってきました。餌の重量でも量るのか、、、?などと見ていると、なんと、鳥たちがその上に乗り出しました!



そこに乗ると餌がもらえるとわかっているのです。そして、飼育員は彼らの体重を記録する。餌がほしいから、皆、列に並んで順番待ちをしてます。(笑)ここは一時間でも二時間でも見ていたいば場所でした。メスを追いかけていたオスのミコアイサの恋が成就したのか気になります。笑

水族館を出て次の目的地HOMERへ向かう前、燃料補給でガソリンスタンドへ。アメリカのガソリンスタンドではよくあるそうですが、クレジットカードの磁気が少しでも弱いとカードを読み込みません。寄ったスタンドも読み込みませんでした。仕方ないので他のスタンドに寄ったら、ボーナスがありました。



ここに、BOLD EAGLE(ハクトウワシ)、RAVEN(ワタリガラス)などが集まっていたのです。目当ては人間が出したゴミ。ありえない距離で観察&撮影ができてお客様も大満足。たまたま、昨日のクルーズで一緒だった方も通りかかり、師匠が彼女のスマホを借りてスコープでワシを撮影。



「オー---------マイガッシュ!!!!」と絶叫して喜んでいました。どのように撮影できるかは写真を参照してください。




「アラスカに来させてもらっているんだから、地元の人にはお礼をしないと」

なるほど。さすがです。アラスカに恩返しがしたくて始めた「アラスカツアー」。アラスカのために、という芯が14年間ぶれていないという真髄を、地元の人とのやり取りを通して見ました。

何をするかでなく、どういう意志を持って行動するかが大事なんだと。哲学を伴わない勉強は身にならない、といつも説いてもらっていますが、まさにその通り。音楽も、バイクも、趣味に置き換えても当てはまりますね。真面目に遊べないやつは、仕事もできない。全力で遊び、全力で働く。アラスカで、日々学んでいます。

移動時のミラクルも写真で掲載しておきます。崖に立つマウンテンゴートとドールシープを裸眼で見つける師匠、、、神業、、、



ALASKA day8 Seward

エスキモーとは単一の民族ではなく大きく分けてアラスカ北部以東に住むイヌイット系民族と、アラスカ中部以西のユピック系民族に分けられる。そのユピック系が狩猟、採集、農業を行って生活していたコディアック島に1784年、ロシア人の毛皮商人グリゴリー・シェリホフが島の南部の湾に居留地を建設し、それ以降アラスカはロシアによる永続的な植民地となった。そして1799年にロシア領アメリカとしてアラスカの領有を宣言。シトカに拠点を移し、統治を露米会社(ロシア・アメリカ会社)に任せた。統治と言っても各地に交易所を建て、原住民からアザラシやセイウチ、ラッコ、キツネ、カワウソなどの毛皮の買い付けを独占するというものだった。しかし乱獲によるアザラシやラッコの減少、アラスカからロシアまでの毛皮の高額な輸送経費により経営が悪化していったことや、戦争後の財政難などの理由による資金調達のため、戦争の中立国であったアメリカ合衆国に720万ドルで売却されることに。アラスカ購入の交渉をまとめたのはアメリカ国務長官だったウィリアム・スワード。1867年3月30日アメリカがアラスカをロシアから購入する条約が調印された。この買収は「巨大な保冷庫を購入した」「スワードの愚行」「スワードの冷蔵庫」と言われアメリカ国民に非難された。
と、前置きが長くなったが、アラスカをロシアから購入したスワード国務長官からちなんで名付けられた【スワード】という街に僕らは来ている。アンカレジ~スワード間を結ぶ全長127マイル(204km)のスワード・ハイウェイの南端であり、全米中、もっとも美しいハイウェイNo.1に選ばれたこともある。また、アラスカ鉄道のターミナル駅があり、南の終着駅になっている。驚いたことにスワードは北海道の帯広市と1968年から姉妹都市だという。

今日はクルーズに乗船してワイルドライフ、氷河を楽しんだ。



日本のクルーズ会社は乗船時間がおよそ一時間半~二時間程だが、今日乗船したクルーズは四時間のクルーズなのでたっぷり楽しませてもらえた。乗船客は日本のクルーズでは観光客しかいないが、アラスカでは地元民も気軽に楽しみに来たり、小さい子供たちも連れてくる家族連れも多く、クルーズが日本よりも身近にあるレジャーという印象を受けた。

野生動物を探すプロと乗船するとクルーズ自体の価値があがる。なぜなら地元の船員よりも野生動物を見つけるのが早いから。ハクトウワシ、ミツユビカモメ、トド、ラッコ、など、船のクルーよりも早く見つけていく。さすがお師匠様。そして見つけるだけでなく、他のお客さんに動物の場所を教えてガイドをしている。地元の人でさえもガイドすることもある。(笑)


ラッコという名称はアイヌ語だとご存知だろうか。ちなみにトナカイもアイヌ語だ。ラッコは北海道の海でも野生で生息しているが、自分は水族館ではなく野生で見たのは初めてだった。保全状態評価に関してだが国際自然保護連合(IUCN)では【ENDANGERED】(絶滅危惧の種)、日本の環境省が定めるレッドデータリストでは絶滅危惧IA類(CR)、北海道レッドデータブック によると希少種、という扱いになる。猿を除いて、道具を使うことのできる唯一の哺乳類で貝を割るために石を使うことで知られている。あの石は毎回拾ってるのではなく、各自が自分の石を持っていて、使わないときは脇腹のたるみのポケットにしてしまっているか、陸に隠すそうだ。そして貝を割る時に、また使用する。自分の石をとても大切にしているそうだ。ラッコが海に浮いているときにバンザイのポーズをしていることがあるが、手のひらには毛がないため水に浸しっぱなしだと冷たいらしい。(笑)ラッコは寒い地域に生息しているので食べ物はすべて体温を保つためのエネルギーとして消費されてしまう。体重の約20~30%の餌を食べる必要があり、例えば体重が40kgのラッコだと1日の餌の量は約10kgとなる。人間に置き換えてみると体重が60kgの人が、約15kgのご飯を食べるということになる。今日見たラッコは恋人同士だろうか。見ていてうらやましくなるほど仲良しだった。

「スワードの冷蔵庫」と国民から批判された後、スワード国務長官が評価される出来事が。1899年にノームで金が発見されてからのアラスカは、ゴールドラッシュに沸き、フェアバンクスなどの街が造られ、1914年にはスワードとフェアバンクスを結ぶアラスカ鉄道が建設された。道路網も整備され、アラスカは鉱山と漁業(タラ、ニシン、サケなど)、缶詰の製造などで発展していく。

スワードさんの決断があったからこそ今のアラスカの姿があるのだと、ラッコを見ながらスワードの街でアラスカの歴史を学んだ滞在8日目であった。

ALASKA day7 フェアバンクス~アンカレジ~スワード

昨夜から降り出した雪が今朝未明まで続き、一夜にして路面はアイスバーンになった。しかも今日は800km移動の日。移動はもちろんすべて車だ。今回、自分も運転するつもりで国際免許を取得していたが、アメリカの交通ルールや左ハンドルに不安がある上、お客様も一緒なので師匠とふたりの時に運転させてもらうことに。それまでは師匠がひとりで運転する。今日は14時間かけてフェアバンクスからスワードまで一気に南下した。

 その途中、たくさんの驚きがあった。まずフェアバンクスを出発して路面の変わりように驚愕。凍ってツルツルなのだ。昨日までは乾いていたのに。アラスカではスタッドレスタイヤが普及していないので皆、夏タイヤなのだ。この、冬の再来のせいで、地元民の事故をたくさん目撃した。
 そんな冬道をフェアバンクスから80kmほど走ったところで「ここからフクロウの生息環境です」との師匠のアナウンス。そしてすぐオナガフクロウを見つけていた。冬道で時速80kmで走行中に、いつもの北海道でのガイドと同じように。。。


ドラえもんみたいな風貌で可愛かった。その10分後、今度はカラフトフクロウを発見!!


14年間もアラスカに通っている師匠ですら見るのは6年ぶり、2度目。噂通り、外国人の顔だった。北海道で言うところの、シマフクロウに出会える確率より難しいとのこと。

 途中に寄った郵便局の駐車場ではギンザンマシコも発見。

北海道でも高山帯にしかいない鳥です。デナリ国立公園が近づいてきて高度が上がってきたから見つけられたんだ、と。いったいどれだけ勉強をしたら、鳴き方、生態、生息環境を頭の中にすべてたたき込めるのか、、、それはきっと努力の賜物でしかない。

アンカレジを過ぎてスワードに向かう途中、海に面した通りに出た。右手は海。左手は切り立った崖だ。ここでも宣言通り、ドールシープを見つけていた。



見つけてなんぼのガイドの世界。やることは北海道と同じだが、アラスカの厳しい自然環境の中では北海道の10倍、緊張感や疲労感に襲われるそう。しかし目的はお客様の喜び。そのために全力投球する。今日も背中で教えをもらった。午前7時に出発し、午後9時30分にスワードに到着。

【初見の鳥】
Great grey owll/カラフトフクロウ
Northern hawk owl/オナガフクロウ
Pine grosbeak/ギンザンマシコ
※写真はすべてスマートフォン+フィールドスコープで撮影。

ALASKA day6 -fairbanks-

だれだ!アメリカの料理は量が多いだけで美味しくないと言ったのは!!

フェアバンクス最後の夜。北米大陸で最も北に位置するビール工場【SILVER GULCH】の工場に併設されているレストランへ夕食をとるため行きました。師匠いわく、「ステーキの概念が変わる」という噂のステーキ。
注文は師匠におまかせで、オススメの味噌ハニーステーキを。


で、で、でかい~!!


しかも大きいだけでなく旨い!分かるでしょうか。腕時計とのサイズ比較。もう肉のクオリティが日本と桁違い。ビッグサイズもペロリといけてしまいます。お腹が満たされた~、なんて思っていたら師匠から「これも食べてみろ」とハンバーガーのおすそ分け。いやいや、もうお腹いっぱいなんですけ、、ど、、、

!!!いや、食べれる。満腹だけど食べてしまう。(笑)ステーキとハンバーガーの基準がこのお店になったら大変です。これを超えるものにこの先出会えるのか、、、

その上、ビールまでいただきました、、、銘柄はOld 55 Pale Aleと、Copper Creek Amber。名前も格好いいです。僕はOld 55が好みでした。 Old 55といえばトム・ウェイツの曲名。イーグルスもカバーしています。音楽といえば、店内BGMも素敵でスティービーレイボーン、レイナードスキナード、トムペティ、AC/DCなどなど。



気づけば時間は夕食時。地元の人達でレストランも、バーも賑わっていました。

食事後、マーチャンタイズショップに寄り、Tシャツを買おうか迷っていたら師匠が買ってくれました。愛。すぐに着替えて店の前で記念撮影。このロゴ、凄く格好いいです。バックプリントだけでなく、フロントの文字も最高。


【フェアバンクス。ここに住む者たちは普通じゃない。ビール工場も普通じゃない。普通じゃない事は最高だ!!】

同意!!

歌詞を初めてじっくりと読みました。
TOM WAITS/Ol'55
 Alubum [Closing Time]1973

My time went so quickly, 
I went lickety-splickly
Out to my old '55
Pulled away slowly, feeling so holy,
God knows, I was feeling alive.

And now the sun's coming up,
I'm riding with Lady Luck, 
Freeway cars and trucks,
Stars beginning to fade, 
And I lead the parade
Just a-wishing I'd stayed a little longer,
Oh, Lord, that the feeling's getting stronger.

Now six in the morning, gave me no warning;
I had to be on my way.
Lights passing and trucks a flashing, 
I'm on my way home from your place.

And now the sun's coming up,
I'm riding with Lady Luck, 
Freeway cars and trucks.

【ALASKA day5 -fairbanks-】

今年のアラスカガイド、最後の一組が昨日からアラスカにやってきた。

その御夫婦は新婚旅行でアラスカを選んだ。フェアバンクス空港に到着してホテルへ移動し、すぐにオーロラ観察へ。チェックインして、お部屋に入る寸前で強力なオーロラが出現。いきなりオーロラを楽しんでもらえた。

師匠はアラスカをガイドして今年で14年目だ。そしてオーロラを100パーセント見せる、という結果を14年連続で継続している。今年もそのミッションを達成した。どうしても自然現象のことなので、運もあるのだが、日本から遙々やってくるゲストのために時には一晩で数百キロもの距離を走り、オーロラを見ることができる場所を探して、絶対に見せる。統計によると日本の旅行者の三人に一人はアラスカや、カナダに来てもオーロラを見ることができずに帰国するらしい。100%は驚異だ。しかも昨夜はオーロラの爆発まで見ることができた。爆発とは、つまりレベル10だ。前日に僕が見たオーロラはレベル8でじゅうぶん強烈だったが、昨夜はそれをさらに越えた。信じられるだろうか。オーロラが空から降ってくるのだ。揺れるどころの騒ぎじゃない。オーロラに照らされて、あたりは明るくなる。一生忘れないであろう光景だ。
今夜はレベル1~2ほどで肉眼でうっすら確認できるくらい。見れることは当たり前ではない。しかし今夜見られなかったことで、昨夜のオーロラの貴重さを改めて感じた。うまく行かない日があるからこそ、日常が輝くのだ。日常とは当たり前の事ではないとアラスカの星空に教えられた気がした。そして、レベル10のオーロラを一度でも体験したら、もう脳裏からオーロラを消すことが出来ない。夜空を見上げるといつでもイメージできる。この感覚を手に入れたことが、残りの人生での僕の財産だ。

アラスカの魅力は何ですか?とたずねられたら師匠は迷わず「人です。」と答える。オーロラでも、野生動物との出会いでもなく、人だと言う。それを目の当たりする出来事があった。二日前、師匠の現地の友人が、僕らが滞在するホテルを訪ねてきた。彼の名前はジョン。



名前は何度も聞いていた。アラスカの生物学者で、カメラマンでもある。先日も北極圏で撮影をしてきたらしい。生前の星野道夫さんとも交流があったようで、師匠は昔に星野さんがジョンさんに宛てた直筆の手紙を見せてもらった事があるという。ふくろうのお話、アラスカの哺乳類の話、今度グランドキャニオンで川下りをする計画のお話、とにかく全てが刺激に満ちていた。そんな彼の目は宝石のように青く、深く澄んでいた。綺麗な物をたくさん見ているからだろうか。奥まで見えそうなほど澄んでいた。


ジョンさんと。(撮影:安藤誠氏)

本日アップする写真は一生の宝物だ。オーロラの中に僕をいれた写真を、師匠に撮影して頂いた。


撮影:安藤誠氏

天に祈るポーズだ。絶対的な美しさを前にすると、不思議と祈りたい気持ちになる。八百万の神、という言葉があるように日本人はあらゆるものに神が宿ると古来から考えてきた。その遺伝子が僕の奥深くにもあるようで、このとき胸に浮かんだ言葉は「感謝」だ。このとき感じた気持ちを忘れたくない。この写真を見る度に、僕は思い出すことができると思う。アラスカの雄大な大地、荘厳なオーロラ、そしてアラスカの男・ジョンさんの澄んだ目を。

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