「幕末維新を生きた旅人 松浦武四郎 ー見る、集める、伝えるー」


北海道博物館で開催中の特別展「幕末維新を生きた旅人 松浦武四郎 ー見る、集める、伝えるー」へ。2018年は北海道命名150年、武四郎生誕200年という節目の年である。
※ネタバレも含むので札幌、帯広、三重の会場へ行く予定の方は注意です。

武四郎は北加伊道(オリジナル表記。命名当時は【海】ではない。)の名付け親である。加伊=カイとは、カイナが語源。天塩川探査の途中、武四郎はオニサッペ(天塩川の支流・筬島の鬼刺川付近)で故事に詳しいアイヌのアエトモ長老からこんな話を聞いた。カイナの「カイ」とは、この国(北海道)に生まれた者ということで「ナ」とは貴人をさす尊敬の言葉である。つまり、素晴らしい人々が暮らす北の大地、というアイヌへの尊敬を込めて名付けられた。

 歩くときは一日60km歩いたという健脚の持ち主であり、28~41歳の間に3度の蝦夷地踏査、幕府のお雇いの役人としてさらに3度、計6度の蝦夷の地を踏査している。

と、ここまでは本などで調べたら分かる内容だが、ここからが本日の所感。武四郎が旅に生き、膨大な記録を残した人物ということは認識していたが、いざその膨大な資料を目の当たりにすると圧巻である。その中でも地図や綿密な風景画に感動した。3次元で地形をとらえ、優れた空間認識能力と記憶力で再現された地図。風景画は飛行機に乗り、海から眺めたような角度から描かれた物だ。武四郎の交友録も幅広く、様々な人々から見た武四郎という人となりも興味深かった。

ある人は「うわさ以上で感服した」と。ある人は「悪人ではないが、了見が狭く疑り深く、お大げさに物事を語る」と。
吉田松陰をもってして「世の中の新しい情報を得ようと思えば武四郎と付き合うのが良い」と言わしめた程の情報通でもあったという。

特別展の目玉として、武四郎の大首飾りがある。収集した石製の玉を連ねた物で、唯一の肖像写真でも身につけているものだ。しかし、個人的にはそれをも上回る感動を覚えた展示物があった。岩橋 英遠という日本画家による「憂北の人」という屏風だ。武四郎の背景には大きな北海道の地図。それを囲むようにヒグマ、エゾジカ、そしてタンチョウが描かれている。まさかここでタンチョウと出会うとは思いもしなかった。鶴居村から見に来たことを誇りに感じた。

展示を見たあと、今回この機会を与えて下さった安藤氏に「(展示物の中で)北海道人、という字を見たか?」と尋ねられたが、答えられなかった。購入してきたパンフレットでどこか教えてもらったが、それはアイヌ舞踊・鶴の舞が描かれた風俗画だった。確かにそこには北海道人と書いてあった。それを教えてもらったとき、松浦武四郎氏と、安藤誠氏の北海道やアイヌへの慈愛と尊敬の眼差しが重なって見えたのであった。そういえば二人には共通点が他にもたくさんあるかもしれない。

開催期間がガイドシーズン真っ最中のため行くことは叶わないと諦めていたが、このような機会を下さった安藤夫妻に感謝。学び多き日帰り研修となった。

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