The Northern Spirits

北に未来あり

カテゴリー: Hokkaido (Page 1 of 10)

星空カヌー

AM5:00から始まったガイドは、先程AM0:00過ぎに終わった。HICKORY WINDは本日、釧路湿原国立公園、知床国立公園、阿寒摩周国立公園の3つの国立公園をガイドした。師が知床へ、私は部屋掃除・草刈りなど、ときには別れたりしてそれぞれのポジションで役割を果たした。

その中でも星空カヌーについて今日は書かなければならない。

なぜなら、操船せずに前方に「お客さん」として乗せてもらったからだ。カヌーの定員は「人数」で決まるのでは無い。「バランス」と「総重量」だ。そして、どのタイプのカヌーを使用するかによって変わってくる。本日使用したのは撮影や釣りなど特に安定性が求められる際に使用する艇である。

操船する人を含め、4人でカヌーへでかけた。乗り込むポジションは先頭からお客様、2番目に私、3番目に安藤氏、そして最後尾で操船するのは山田佳奈。いつもは操船し、お客様をガイドする立場なので前方2番目に乗れることなんてそうそう無い。お客様目線でガイドを体験するという貴重な機会となった。カヌーを水辺に浮かべる。まずはじめに水辺では安藤氏が長時間露光で数枚シャッターを切る。素晴らしい写真だ。

いつのまにかカヌーは陸を離れていた。月の輝きを雲が覆っていたため、出艇したとき星はひとつもない漆黒の闇。あまりの暗さに陸と水辺の境界線だけでなく、自分と世界の境界線すら曖昧になり、暗闇の中に溶け出しそうな感覚になる。強く吹いていた風は止み、湖面がピタッと停止して鏡面となる。そうすると湖面にエゾマツやトドマツたち、森がくっきりとシンメトリーに映り込む。空と湖面の境界線すら曖昧になりカヌーはまるで宇宙を漂う漂流物だ。

寒さについても触れておく。カヌーをする頃の気温は14℃だった。服装は以下。
・半袖Tシャツ
・長袖のシャツ
・半袖ダウンジャケット
・長袖ダウンジャケット
・ゴアテックスのジャケット

本州だと考えられないだろう。

カヌーは闇の中を漂う。ふと背後に気配を感じた。振り返ると、そびえ立つ黒い影。後ろから山が我々のカヌーを見下ろしていたのだ。

さらに奥へとすすむ。星が無いはずなのに、なぜか湖面に何か光るものが映り込んだ。

蛍だ!

このあたりの蛍はヘイケボタルだ。発光はあまり強くなく、ゆれるような光を約1秒発する。オスは7日間、メスは10日間のみ活動する。完全に光の無い闇夜では蛍の一筋の光がいっそう際立つ。遠くからでもそこに蛍がいると分かる。

その優しい光を見ていると、気持ちまで優しくなれた。さらに艇は進み入江に入っていく。徐々に迫りくる森。アカエゾマツ、エゾマツ、トドマツたちの巨大なシルエットが今にも倒れてこちらに覆いかぶさってきそうだ。

ここは「森の美術館」と呼んでいるところだ。どんなところにいるのか確認するため、一瞬だけヘッドライトを点けてみる。真っ黒クロスケだった巨大なモンスターのような影たちが、命が吹き込まれたように姿を現した。美しい針葉樹林たち。倒木は湖面に映り込み完全なシンメトリーを演出。

日中はここに上陸してトレッキングをすることもある。この奥に素敵な小川がありシマフクロウが魚を捕りに来るのだ。

師が肩を叩く。何か合図している。指が指す方向に目をやると丸くて黄色い光が空に浮かぶ。月だ。舳先をそちらへ向ける。松の隙間を縫うようにして、月明かりが湖面に光を注ぐ。それはゆらゆらと揺れて、凝視すると脳みそを揺さぶられる感覚に陥った。気づけば火星が空に燦然と輝いていた。強風に煽られて薄くなった雲の隙間から、いつの間にか星々が顔を覗かせていた。満天の星空も素晴らしいが、こんなドラマチックな演出の方が印象に残るものだ

I’m not Japanese.I’m Hokkaido man!!

俺は日本人ではない。北海道人だ。

それを聞くと外国人旅行者は必ず笑う。師匠の持ちネタだ。もちろん笑わせるためもあるが、あながち冗談でもない。敢えて日本人としないことで、北海道に住んでいる事へのアイデンティティ、そしてプライドを示すための有効な表現方法だ。
同じ文字を北海道博物館でも目にした。松浦武四郎だ。アイヌの群舞を描いた、とある一枚の掛け軸に「北海道人」という言葉があった。そこに師匠も感銘を受けていた。

さらに、何度も訪れていた場所で「北海道人」という文字が最近になり初めて目に飛び込んで来た。意識しないとうっかり見落としてしまうものだ。

それは阿寒町にある「釧路湿原美術館」での事。そこは佐々木縈松(えいしょう)さんという画家の作品を展示するため2013年に設立された美術館だ。

展示の冒頭で縈松さんの挨拶文を読むことができる。そこにはこうあった。

「青年期の後半から【日本人の油絵を描く】ことに主義をおいた。さらに日本人の中の北海道人の作品、そしてさらに北海道の中でも東方人であると自らを確信づけた。」

ここでも北海道人という言葉が登場する。

さらに縈松さんは自らを東方人とまで限定して謳っている。道東に住まうことへのプライドを感じる。安藤氏の写真のルーツのうちのひとつでもある佐々木縈松さんの作品に触れたことのない方は、ぜひ美術館を訪れてほしい。湿原を熟知し、風土や人物、動植物の「命の描写」をテーマに、自然界の摂理と輪廻を美しく描写した作品群。北海道生まれの北海道人であるあなた、特に釧路人には心に響くものがあるはずだ。

釧路湿原美術館
http://shitsugenmuseum.sakura.ne.jp

HICKORY WIND web site
https://www.hicorywind.jp

帰宅後10秒にBBQ

昨日から鶴居村で留守を預かっている。今日は朝からひとりで朝食準備、そしてガイドへ。

オーナー夫妻は東京で行われた授賞式から一夜明けて本日は写真展の会場に立ち、来場者の方々をお迎えしていた。そして夕方のフライトで東京を発ち釧路空港へ戻ってきた。

時を同じくしてその頃、鶴居村では夕食の準備。外でBBQだ。ウッドデッキにテーブルと椅子をセットし、炭を使用して火起こし。炭火焼きのBBQは格別だ。東京から帰宅したオーナー夫妻。ひと息いれる間も無く、帰宅後10秒にBBQスタート。
写真も撮るしガイドもする。そしてあるときは焼き鳥屋の店主。お客様はもちろん大満足。

HICKORY WIND ーweb siteー
http://hickorywind.jp/

Nature’s Best Photography Asia 2018 授賞式

昨日、東京でNature's Best Photography Asia 2018 の授賞式が行われた。ヒッコリーウィンドから安藤さん、小川のW受賞で、ふたりは同じ舞台に上がった。忍さんからその様子が送られてきてリアルタイムで感動を共有させてもらえた。


ヒッコリーウィンドではご宿泊のお客様がいらっしゃり、忍さんが準備をしてくださったおかげで御食事の準備など段取りに困らなかった。ヒッコリーウィンド特製カレーで、子供たちは何杯もおかわりして御家族に喜ばれた。食事後、佳奈ちゃんがヒッコリーに荷物を取りに来るという名目で顔を出してくれた。おそらく自分を気遣っての行動だろう。感謝。ひとりでいると、普段からお世話になっている上司、仲間のありがたさがよく分かる。

釧路市中央図書館7階で開催中の松浦武四郎展へ行ってきた。限られたスペースに所狭しと並べられた展示の数々は、久摺日誌などからピックアップされた釧路・阿寒・弟子屈と普段馴染みのある場所ばかり。


それは、地元でガイドをしている塩 博文さんというフィルターを通して見た松浦武四郎の世界。武四郎の描いた阿寒と塩さんの写真の比較があったり、この展示は塩さんだからこその展示。塩さんの釧路愛、武四郎愛を感じました。

塩さんになぜこの展示の開催を決めたのか聞いたところ、「武四郎の創造性などを通して、彼のスピリットを伝えたい」と。自分の身の回りの諸先輩方が口にする共通する言葉。「スピリット」。知識や技術だけでなく、そこに哲学やスピリットが無いと継続できない、といつも安藤さんも語っている言葉。
spirit 心[気]構え;気風,気性,精神,魂

という意味がある。なるほど、松浦武四郎氏と安藤誠氏、同じ匂いがするのも頷けた。

HICKORY WIND ウェブサイト
http://hickorywind.jp/

クロヅル

本州から北海道に来るとどうも距離感覚があまり掴めないらしい。カヌーガイドを午前中にし、昼からレンタカーで帯広まで所用のため向かうお客様がいた。鶴居からだと往復5時間。帯広ならまだ良いが、当初は根室の納沙布岬まで行くつもりだったという、、、運転に自信があっても同じ道東だが無理は禁物。移動だけで一日が終わります。余裕を持った旅計画、余裕を持った運転を。安全第一。

一昨日、北海道博物館で岩橋 英遠という日本画家による「憂北の人」という屏風を見てからクロヅルのことが頭から離れない。本来九州に冬の時期のみ、たった数羽だけ渡って来る渡り鳥だが、昨年はうっかり鶴居村に来てしまい、しかも鶴居村で越冬してしまった。春はよく村内で見かけたが最近は見ない。今は標茶にいるのだろうか。気がかりだ。

写真・スワロフスキーのフィールドスコープとスマートフォンで撮影のクロヅル

「幕末維新を生きた旅人 松浦武四郎 ー見る、集める、伝えるー」

北海道博物館で開催中の特別展「幕末維新を生きた旅人 松浦武四郎 ー見る、集める、伝えるー」へ。2018年は北海道命名150年、武四郎生誕200年という節目の年である。
※ネタバレも含むので札幌、帯広、三重の会場へ行く予定の方は注意です。

武四郎は北加伊道(オリジナル表記。命名当時は【海】ではない。)の名付け親である。加伊=カイとは、カイナが語源。天塩川探査の途中、武四郎はオニサッペ(天塩川の支流・筬島の鬼刺川付近)で故事に詳しいアイヌのアエトモ長老からこんな話を聞いた。カイナの「カイ」とは、この国(北海道)に生まれた者ということで「ナ」とは貴人をさす尊敬の言葉である。つまり、素晴らしい人々が暮らす北の大地、というアイヌへの尊敬を込めて名付けられた。

 歩くときは一日60km歩いたという健脚の持ち主であり、28~41歳の間に3度の蝦夷地踏査、幕府のお雇いの役人としてさらに3度、計6度の蝦夷の地を踏査している。

と、ここまでは本などで調べたら分かる内容だが、ここからが本日の所感。武四郎が旅に生き、膨大な記録を残した人物ということは認識していたが、いざその膨大な資料を目の当たりにすると圧巻である。その中でも地図や綿密な風景画に感動した。3次元で地形をとらえ、優れた空間認識能力と記憶力で再現された地図。風景画は飛行機に乗り、海から眺めたような角度から描かれた物だ。武四郎の交友録も幅広く、様々な人々から見た武四郎という人となりも興味深かった。

ある人は「うわさ以上で感服した」と。ある人は「悪人ではないが、了見が狭く疑り深く、お大げさに物事を語る」と。
吉田松陰をもってして「世の中の新しい情報を得ようと思えば武四郎と付き合うのが良い」と言わしめた程の情報通でもあったという。

特別展の目玉として、武四郎の大首飾りがある。収集した石製の玉を連ねた物で、唯一の肖像写真でも身につけているものだ。しかし、個人的にはそれをも上回る感動を覚えた展示物があった。岩橋 英遠という日本画家による「憂北の人」という屏風だ。武四郎の背景には大きな北海道の地図。それを囲むようにヒグマ、エゾジカ、そしてタンチョウが描かれている。まさかここでタンチョウと出会うとは思いもしなかった。鶴居村から見に来たことを誇りに感じた。

展示を見たあと、今回この機会を与えて下さった安藤氏に「(展示物の中で)北海道人、という字を見たか?」と尋ねられたが、答えられなかった。購入してきたパンフレットでどこか教えてもらったが、それはアイヌ舞踊・鶴の舞が描かれた風俗画だった。確かにそこには北海道人と書いてあった。それを教えてもらったとき、松浦武四郎氏と、安藤誠氏の北海道やアイヌへの慈愛と尊敬の眼差しが重なって見えたのであった。そういえば二人には共通点が他にもたくさんあるかもしれない。

開催期間がガイドシーズン真っ最中のため行くことは叶わないと諦めていたが、このような機会を下さった安藤夫妻に感謝。学び多き日帰り研修となった。

湿原の神

思わぬ事態に直面すると思考が停止する。今日のカヌーはまさにそれが起きた。湿原カヌー中、水辺に一匹のキツネが。湿原のど真ん中でだ。餌を探しているのだろうかウロウロしていた。我々の操船するカヌーが近づくと餌探しを止め、こちらを注意深く凝視しはじめた。お客様も突然訪れた邂逅に大喜び。
 
キツネはすぐに逃げると思いきや、カヌーが寄ったところで逃げる気配がない。2枚めの写真はキツネがカヌー先頭に乗るお客様を凝視している様子だ。結局2mくらい接近したところでようやく葦原の茂みの中へ。それでもまだ我々のことを観察している。見ていたつもりが実は見られていた。野生の目に我々ニンゲンはどう映っているのだろうか。
 
この目、たたずまい、貫禄。湿原の神様に会った気分だ。感謝。
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僕たちは漂流物

僕たちは漂流物。水の上を音も無く滑る。川を下るだけでなく、ときには川上りをして釧路川の支流を旅する。

川縁で一匹のメスジカと出会った。カヌー上から様子を見ていたがこちらに臆することもない。少しずつ近づく。ヨシ原の奥に子ジカの姿も見えた。その後僕たちのほうを一瞥し、何事も無かったように食事を続ける。

シカたちの移動に合わせてカヌーで川を下る僕たちはまるで漂流物。ただカヌーをしに行くだけでなく、ネイチャーガイドがカヌーを操船するとこんな体験ができることもある。

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丘の上のミズナラ

イギリスはマンチェスターの郊外から来たご夫婦を湿原へガイド。お二人の歳は六十代前半。ハイスクール時代に出会い、通った大学も同じ。その後、途切れることなく付き合い続け、結婚。以来、44年間も一緒にいるのよ!と仰っていた。

世界中からやってくるゲストの人生の1ページに関わらせていただく。会話の中で見えてくるその人々の人生哲学。自分の倍以上生きている人、自分の半分も生きていない人、歳は関係なくやはり自分の人生に真摯に向き合って来た人々から学ばせてもらうことがたくさんある。

足場の悪い場所、斜面で妻をさりげなくフォローする夫。トレッキング中、立ち止まっては寄り添い肩を並べて景色を眺めていた。帰り道、少し離れてお二人の様子を眺めていると二人の背中から信頼という二文字が見えてきた。丘の上からミズナラが二人を優しく見守っていた。

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手紙について

手紙について。先日、こんなことがあった。親子三代でお泊まりに来たご家族。二泊三日の旅のあと、旅の発案者である祖父母からご丁寧なお礼状が届いた。そして、母、そしてお孫さんからも別々でお手紙が届いた。

同封すれば一度で済むものを三つに分ける。おそらく一家としてそういう方針なのであろう。手間をかけることで、さらに伝わる気持ちもある。今の時代、メールで簡単に済ますことができるが(メールが悪いわけではない)、ヒッコリーウィンドにはお手紙がよく届く。

それはきっとオーナー夫妻のガイドや気持ちのこもった料理、お気遣いなどがお客様の心に響いているからに違いない。さあ、今日もお客様をお迎えする準備をしよう。

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