The Northern Spirits

北に未来あり

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星空カヌー

昨夜は星空カヌーへ行って来た。時間が遅いほど降水確率が高くなるため、通常は夕食後にガイドへ出発だが、昨夜は夕食前に出発。ベストを選択し、臨機応変に対応する。

カヌーの現場へ到着すると、星は見えず。空は厚めの雲に覆われていた。星空カヌーの醍醐味はもちろん「満天の星空」であるが、同時に味わってほしいのは非日常的な「静寂」と「真の暗闇」である。静寂はお金では買えない。そして、ここは街のネオンサインとは無縁の世界だ。

あまりに月明かりが強烈なため月光が分厚い雲を突き抜け、夜と言えども視界は良好。水辺に自分たちの乗るカヌーの影も映る。BGMはエゾアカガエルの大合唱。不思議なもので時折、ずーっと鳴いていたカエルたちの合唱が突然に止む。そして誰からともなく歌い始めて大合唱が起こる。そのサイクルは不定期に繰り返され、歌声が止む度に訪れる静寂に息を飲んだ。

 奇跡というものは不意に訪れる。空の一部が明るみ始めた。雲の隙間から不明瞭な月が姿を現した。一瞬だけ空全体を照らしたかと思うとまた雲の影へ。そして気まぐれにまた顔を覗かせる。湖面に光が注がれた。月が映り込んだのだ。今度は雲に隠れることはなかった。

そして最後の最後に雲の隙間を縫うようにして星も現れた。今回、星空カヌーにやってきた男性2名は中学、高校の学生時代をともにした仲間という。2人の間に流れる空気。友情、信頼、そういうものが言葉にしなくても感じられた。そんなおふたりにthe Great Bear(おおくま座)、すなわち北斗七星をプレゼントしたかった。「揺るぎない信頼」という意味があるからだ。今回は北斗七星は見ることが出来なかったが、それは次回のお楽しみに。私も含めて男3人で見るロマンチックな星空に最後は誰も口を開くことはなく、我々は静寂の森に包まれていた。

道元禅師の教え

昨日は知床方面へ。産卵を控えたサクラマスが遡上する川、岩の上に立つオジロワシ、ヒグマの親子(最後の最後に茂みの中で師匠が発見!never give up精神で見つけていた)、名湯・熊の湯、締めはシマフクロウ。関東から初めて北海道に来た方もいらっしゃり、初めて見る動物たちに皆ワクワクしっぱなし。

スマートフォンや、デジカメをお借りして、スワロフスキーのスコープで写真を撮る、撮る、撮る!皆お持ち帰りしていただける写真がカメラに収まり、大満足していただけた様子。知床の魅力満載の動物たちのオンパレードにも関わらず、自分のスマホには昨日の写真はこの一枚のみ。しかし、この青空のように気持ちは晴れやかである。

ネイチャーガイドとして自然のことを学んでいるが、なんのために学ぶかを理解しないとブレてしまう。自未得度先度他 ( じみとくどせんどた )。「自分が道を渡るより先に、ほかの人を渡らせましょう」ということで、つまり「自分が得ていないものを、まず先に他人に得てもらおう」の意。曹洞宗 道元禅師の教えである。そういうことを日々、学ばせてもらっている。

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神様ギツネの末裔

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人間が使うトレッキングルートは動物たちにとっても歩きやすい道。キタキツネ、エゾタヌキ、エゾジカたちも利用する。ある日、釧路湿原を歩いているとミヤコザサの影から立派な尻尾がピョコンと見えた。その赤茶色のモコモコした塊はロケット花火のようにビューン!と飛んだ行ったかと思えば、ときには忍者のように忍び寄り慎重に獲物に近づく。静と動を繰り返し、見ている我々を飽きさせない。

我々が「神様ギツネ」と呼ぶ湿原の神様だ。人の視線や存在にも意に介さず悠々と歩く。ある一定の距離までは逃げない。かと言って、人間に近寄りエサをねだる事もない。今まで何度も姿を現して楽しませて、ガイドを助けてくれた。

キタキツネは大きく分けて2種類いる。ひとつは人間が餌付けをしてしまったため人や車の姿を見ると近寄ってくる「おねだりギツネ」。もう一方は人間の姿を見ると警戒し逃げるキツネ。しかし、釧路湿原のヒトはどちらにも当てはまらない。

狩りの最中、突然我々の目の前に仁王立ちした瞬間を撮らせてもらった。例の神様ギツネと思っていたが若い気もした。その夜、ミーティング中に師匠に写真を見てもらった。すると「神様ギツネの子孫だ」と。凛とした立ち姿。振る舞い。そして澄んだ目。オーラは継承されている。

最後に我々を一瞥したあと真横を通り過ぎて、ミヤコザサの中へと消えて行った。神様ギツネと束の間の心の交流が出来たのかもしれない。その背中を見送りながら、私は胸の奥に流れる何か温かいものを感じた。

 

舌辛村

先日、遠くにいるタンチョウの親子を観察していると、餌を探しながらこちらに近付いてきた。はじめはタンチョウも警戒するが、こちらもジーッと構えて敵意がないことを示すと、すぐに人への関心は薄れたようで餌探しを続行。お客様へもタンチョウへの配慮を促し、ヒナ2羽を連れている家族をこの距離で見られることへの感動をこらえるのに必死だった。家族たちは最後は悠々と道路を横断し移動していった。

タンチョウの生息・繁殖地にちなみ、村名を「鶴居村」と称したのは1879年(明治12年)。その前は「舌辛村」だった。もちろん当て字でルーツはアイヌ語。「シタカラ」は鳥の鳴き声を表すアイヌ語と聞いたこともあるし、アイヌ語地名研究家の山田秀三氏によると「シタッ・カラ」=ダケカンバ・を採る、という解釈もあるようだ。どちらにせよ先人たちがどんな想いで名付け、そこに暮らしていたのか思いを馳せることは楽しい。

夏の野付半島

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野付半島へ。ネイチャーセンターの二階の展示をゆっくり見て回る。今まで見落としていて知らなかったのだが、江戸時代、半島の先端に60戸ほど魚番屋があり人々の営みがあったという。漁業基地、そして国後島への北方交易の中継地として。半島の先端には墓や遺跡が今も残る。加賀伝蔵(1804~74)についての展示もあり。彼はアイヌ語通訳や、別海で初めて農耕をし活躍。北海道の名付け親・松浦武四郎とも交流があった。(野付に立ち寄った武四郎は伝蔵にアイヌの案内人の紹介を依頼。)

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エゾカンゾウからバトンタッチを受けたノハナショウブが満開。ノビタキ雄が巣へエサを一所懸命運び、アオサギが湾に浸かり涼をとる。国後側の堤防にはオジロワシ。故郷なのだろうか。海の向こうの国後島を望んでいるように見えた。空の色と風の匂いが夏の到来を告げていた。

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タンチョウ観察

タンチョウ観察のひとこま。

クリスタルの工芸品で有名なスワロフスキー。同じグループ傘下のスワロフスキー・オプティック社は光学機器のメーカーで、クリスタルの研磨技術をつかって自然豊かなオーストリアのチロルで双眼鏡やフィールドスコープを製造している。

双眼鏡を初体験する方には新しい扉が開き、
双眼鏡を既に所有している方には新たな驚きを。

鳥たちであれば羽のディテールまでくっきり見える。つまり、リラックスしている状態なのか、興奮している状態なのかまで分かるのだ。双眼鏡、フィールドスコープはガイドでもっとも大切な道具のうちの一つだ。ヒッコリーウィンドのガイドはレンタルシステムもあるので双眼鏡を使いたい方は遠慮なしにお問い合わせいただきたい。

オーストリアにはスワロフスキー・クリスタルワールドという博物館があるそうだ。いつか行ってみたいものだ。

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ガイドの仕事

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1ある事を5にも、10にも膨らませて、価値をつける事がガイドの仕事だと思っている。

森の中を歩くと目に映る全ての動植物の名前が分かり、アイヌとその動植物との関わりも理解し、さらに英語でも説明できる。

そして自然から学べること、それを実生活にどう生かすかの知恵を提供することで人のお役に立てる。

また、時間軸を越えてガイドすることで10年前、100年前、1000年前、1万年も前の世界をイメージさせ、さらに未来をも考えるキッカケを作る。

自然だけではなく地理、歴史、文化にも精通し、日本史、世界史、地球史のそれぞれの角度から物事を眺める。

そんなガイドに私はなりたい。

あるネイチャーガイドの一日

早朝から晩まで知床ガイド。
運転しながら、考えられないような場所にいるヒグマを見つける。
夜、戻ってきたらすぐにバーベキュー。
2時間ひたすら焼き続ける。
炭火焼で絶品の数々を提供し終えたらギャラリーでBARをオープンさせて、バーテンとして接客し、ギターを弾き、ゲストを楽しませる。

そうして気が付けば日が変わり、電話も鳴らなくなった頃に執筆活動やメールのチェックを。その後、やっと自分の読書の時間が持てる。本を読みながら気絶するように眠ることも多いだろう。そして翌朝も早くから天気予報チェックから一日が始まる。

あるネイチャーガイドの一日。すべてはお客様の幸せのために。

 

コミュニケーションの鍵

例えば、「辛さ」と「野菜の甘み」が同居したカレーの美味しさを誰かに伝えたいとき、色んな表現方法がある。

「辛いけど甘い。」
なんだか小学生みたいだ。

「辛いけど、野菜の味がして美味しい。」
これもいまいち伝わらない。

「ひとくち目は辛みを感じるけど、次第に口の中に甘さが広がる。それは野菜のコクが出ているからだ。」
これだと丁寧だし、伝わる。

と、このように同じ意図を持って言葉にしたつもりでも表現が雑か丁寧かで、聞き手が受け取る情報に差が出てくる。これはガイド道にも共通する。お客様に伝わっていなければ何の意味もない。丁寧さこそコミュニケーションの鍵だ。

では、動物の世界ではどのようにコミュニケーションを取り合っているのだろう。彼らの発する鳴き声に意味があるとは思うが、言葉で想いを正確に伝えられない分、行動で示しているのかもしれない。

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写真:親の子への献身。自分の食いぶちを減らしてでも、甘える子供に餌を与える。

みやざき中央新聞

親子3世代のご家族とカヌーガイドへ。そのご家族がヒッコリーウィンドへいらしたきっかけは「みやざき中央新聞」、略して「みや中(みやちゅう)」を読んでだ。宮崎県で週一で発行されるその新聞には良いことしか掲載されていない。そこに安藤氏の講演の記事が載った。

https://miya-chu.jp/
■みやざき中央新聞は、各種講演会を取材して、面白かった話、感動した話、心温まった話、ためになった話を講師の方の許可をいただいて掲載している新聞です。紙版・WEB版、両方あります。(ホームページより)

 みや中の編集長・水谷 もりひと氏が昨年七月、釧路で講演された。その際、釧路ではなく鶴居村のヒッコリーウィンドで宿泊して下さり、カヌーガイドも体験。ちなみに水谷氏とヒッコリーウィンドを繋げたのは映画いただきますの実行委員も務めた読書普及協会チーム釧路の山本 浩史氏。そのとき水谷氏は安藤氏の講演を取材することを決意したという。実際に講演へ記者を派遣し、それが記事になった。

みや中の歴史上、初めてのカラー印刷での発行。「白黒印刷では安藤さんの写真の良さが伝わらない」。白黒印刷よりカラー印刷のほうがコストがかかることは明白。利益よりも「感動を伝えたい!」という強い意思に感銘を受ける。感動は人に伝わる。その連載を読み、ありがたいことに全国から宿泊のお問い合わせが来ている。

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